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デイリーきみお

びっくりした?ぜんぜんデイリーじゃないから

『ぼくのなつやすみ』のおじさんの言葉に思ったこと

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※公式サイトより画像引用(ぼくのなつやすみ PlayStation® the Best | ソフトウェアカタログ | プレイステーション® オフィシャルサイト)

 

 ※『ぼくのなつやすみ』に関するネタバレがちょっとだけあります。

  こんにちは。

 

 2000年に発売されたPSソフト『ぼくのなつやすみ』をご存知でしょうか。
主人公『ボク』君が夏休み中田舎に預けられ、山を散策したり村人とおしゃべりしたりムシを捕まえたり魚を釣ったりするゲームです。簡単に言うと田舎の夏休み体験ゲームです。2006年にはPSP向けにリメイク移植されています。

 このゲーム、幼少期を田舎で過ごしたことのある人間ならば郷愁を感じる、なんとも感慨深いゲームなんです。時代設定が昭和50年の夏とのことで、今40代の人がドンピシャで懐かしさを感じるゲームだと思います。

 私は平成生まれですが、小学校低学年まで田舎の方に住んでいて、夏は虫捕りや川遊び、時には海で貝を拾ったりして遊んでいましたから、それなりに懐かしさを感じます。あと、王冠や日本酒のキャップなんかも集めていました。昔何して遊んでた?という話は友人と合わないです。

 私はこのゲームが発売された当時、小学生の頃にプレイしました。『ぼくのなつやすみ』からは懐かしさというよりは夏休みの楽しさを感じていました。別作品ですが『ヌシ釣りシリーズ』が好きだったので、虫捕りや魚釣りをメインで、ヌシ釣り的に楽しんでいました。

 『ぼくのなつやすみ』の事なんてすっかり忘れていたのですが、先日、ぼーっとしていると、ふと蝉が鳴いているのに気が付いて、すっかり夏だなぁと思い、いろいろ思いを巡らせているうちに『ぼくのなつやすみ』のことを思い出しました。「ぼくのなつやすみ、面白かったなぁ。虫とか魚とか捕まえるのとか、海潜って王冠探したりするの(これは2)、もっかいやりたいなぁ。」と。ただ、さすがにこれだけのためにソフトと本体を買うのもなぁと思って、ニコニコ動画で実況プレイ動画を見ることにしました。

 久々に『ぼくのなつやすみ』を見ると、幼少の頃プレイしたのとは全然違う気持ちで楽しめました。というのは、あの頃はボク君と年齢もほぼ同じで、プレイしていたのも自分だったのもあって、ボク君目線でゲームをプレイしていたのですが、今はおばさんの家の中学生のお姉ちゃんより年上ですから、おじさん、おばさん目線でゲームを見てしまうようになっちゃったんですね。

 順調に見すすめていくのですが、本当に昔の私はムシ捕りとムシ相撲しかしてなかっただけあって、ぜんぜんイベントを覚えておらずびっくりしました。覚えているのはおばさんと晩御飯クイズしたくらいです。子供ってそんなもんですよね。自分のことで精いっぱい…

 で、ゲームの中盤以降、おばさんの家の中学生のお姉ちゃんがある出来事をきっかけにふさぎこんで、高校進学をやめると言い出します。おばさんもおじさんも高校は絶対に行かないといけないところではないが、安易な考えなら、しっかり考え直すようにというようなことを言います。が、お姉ちゃんはかなり弁が立つようで、おじさんを論破しちゃうんですね。(実際その論破シーンは見れませんが、おじさんに話しかけると、娘に言い負かされた…的な事を言うんです。)そして、そこからが標題の言葉なんです。

おじ「ボクくんの歳なら まだ、おとうさんやおかあさんって完璧な存在だろう?」
ボク「意味、良く判んないよ」
おじ「おじさんにとっての両親っていうのは…少なくともおじさんが三十歳を過ぎるまで 人間的な欠陥とか、大きなまやかしなんかを見つけることが出来なかった ある意味、完璧に近い存在だったんだ… でも、今度はおじさんが親をやる番になったら なんと十五の娘に正面突破されちゃったってわけ…」
ボク「負けちゃったの?」
おじ「そうかもしれないなぁ… でも、親なんていつの時代でもこんなものなのかな」
おじ「今日は縁側を吹き抜ける風まで なんだか中途半端だなぁ…」

 おじさんは、三十歳を過ぎるまで…と言っていましたが、私は母親しかおらず、母よりも高校の頃には母よりも大きくなり、格闘技も始めたこともあり、「もう力で母に負けることはない」と気付いたとき、どこまでも偉大で、どこまでも追いつけない場所にいるような大きな大きな存在が、急に身近なものに感じられ、同じ次元の人間なんだな、ということを思い知りました。

 いつかは忘れましたが、ある時、母が「二十歳の頃も今も、中身はそう変わってない。それこそ高校、中学のころから一緒」という話をしてくれました。その時は「そんなもんか?でも私が大人になったとき、今のままの中身ではマズいな~」と漠然と思いました。この頃の『大人』の定義なんて、「二十歳過ぎたら大人かな」くらいのもんでした。でも、高校、大学、社会人と過ごしてきて、母の言っていた意味がわかりました。自分も、色々あったけれど、中身は実質中学生のころから変わっていません。あの頃よりは色々なことを経験して、その分考える力がついたかな、というくらい。今でも中学の頃の友だちと会えば、中学生の頃の自分として接して、あの頃と同じくらい馬鹿騒ぎできますし、高校の頃の友だちも、高校の時の自分として接して、というかんじで、会う人会う人、その当時の精神が再現されます。もちろん、会社では社会人としての自分として人と接します。

 そういうことなのかなぁ、と。
 親は、親として、大人として、完璧であるように頑張って私と接していたから、親であり大人であり、おじの言うようにどこかに欠陥があるように見えなかっただけなのかな、と。

 街中で見かける社会人も、今は社会人としての姿で頑張っているから立派に見えるだけで、休日も同じようにシャキッとしているかと言ったらそうでもないかもしれない。

 母も、子供抜きで友人と集まったら、下品でどうしようもなく幼稚なネタなんかを言い合って笑っているかもしれない。

 でも、子供の前では、完璧な親であろうと努めていたから、おじさんよりはちょっと早かったけど、親の欠陥に二十数年気付かせませんでした。

 このことに気付けて、私は一気に肩の荷が下りました。

 昔から大人になりたいって思っていたけど、大人のなりかたってわからなくって、モヤモヤしていました。

 子供を産んで育てるのって、大変そうだし、自分にできるわけないなって思っていました。

 でも、私を育てた親だって、もともと大人だったわけじゃないし、完璧な親だったわけじゃなくて、「そうあろうとした」を数十年続けることで、そうなりました。少なくとも子供からはそう見えていました。

 そう考えると、自ずと私なりの「大人になるには?」「親になるには?」の答えが見えてきたので、なんだかちょっとほっとしました。

 親になるには相手がいるので、私はまず、大人になろう。

 おじさんの言葉に、そう思いました。